ロンドン大学副学長、
尊敬するロンドン大学評議委員会委員の皆様、
尊敬する同志とお客様、
卒業生の皆様、
すべての皆様へ
 
 皆様とともに今日ここに参列できましたこと、また、私個人、偉大な名誉を賜れること、まことに慶ばしいことと思います。私は、ロンドン大学教育学研究所創立1世紀の記念すべきこの日に、名誉博士号を拝受することを心から誇りに思います。ロンドン大学教育学研究所の皆様には、100の数をもって試合終了とするのではなく、これからも力強く活躍を続けられますよう、末永くご活躍されることを期待いたします。
 
 まず、私にこの名誉を授与くださったロンドン大学副学長のZellick教授にお礼を申し上げます。私はこの拝受を嬉しく思い、これを生涯の宝と考えます。
 
 私はまたAldrich 教授にお礼を申し上げます。私は、謙虚さは重要な徳の一つと思っていますが、このように賛辞を戴くと、謙虚さを保てるか、人格が試される思いです。ご親切と思慮深いお言葉を賜り、心から感謝申し上げます。
 
 私は、Hans Hoxter 教授にもお礼を申し上げます。教授は、私をこの名誉博士号授与者に指名してくださいましたが、まことに残念なことに、昨年亡くなられました。教授は素晴らしい方で、優れた学者であり、UNESCO(ユネスコ)の理念と使命の熱情的な信奉者でした。教授の生涯を偲び、その偉大な業績に敬意を表したいと思います。
 
 卒業生の皆さんにお祝いを申し上げます。この卒業は、あなたがたの個人的生活、学業上、職業上の発展の為に意義あるものとなること、あなたがたのご家族、友人、指導者、同志にとって大切なものであることを確信いたします。私はあなたがたと一緒にここに在席できること、この特別な日を共有する一員であることを誇りに思います。
 
 皆様、Aldrich 教授が先程述べられたように、私は、ユネスコ事務局長に就任してから、この機関の改革と活性化の為に、特に、この機関の持つかなり限られた資源を、最優先すべきことや、ユネスコの役割が特に重要である所に集中させて用いることに、尽力してきました。私達は、教育、文化、自然科学、社会人文科学、そして伝達・情報の5領域の責務を担っていますが、ややもすれば各領域に分配できる資源が限られたものになることを懸念しています。そこで、私は、各領域において最優先すべき事項を選びました。例えば、自然科学の領域では、「淡水それに関連する生態系」、社会人文科学の領域では、私達の努力は、科学・技術の倫理、特に生命倫理学に置かれています。
 
 教育に関しては、最優先事項は、Education for All (EFA) (「万人のための教育」)です。私はこれを全ての優先事項の中でも最も重要なものと考えます。基礎教育は、明らかに、中等教育、技術と職業教育、高等教育といった他の種類、他のレベルの教育に関係しています。基礎教育の重要性は、今日、それが他の全ての教育の土台になるということです。
 
 私は、これから、「質の観点からの教育」に関する私達の将来展望についてお話ししたいと思います。「質の観点からの教育」は、Education for Allの目標のひとつで、おそらく、教育の目的や、教師をはじめ、教育に携わる者の役割に関して最も重要なものであります。
 
 EFAは、20世紀における未だ解決していない問題の一つで、とうてい質の問題などではなく、人数、機会、在籍率といった、量の観点からの挑戦であると考える方があるかもしれません。2000年4月セネガル共和国のダカール市で開催された歴史的事件とも言えるWorld Education Forum (世界教育会議)で、国際委員会は、6項目の主要なEFAの目標を達成することを誓いました。5項目は量的観点から捉えられるものでありました。そのうち3項目(世界的な初等教育、男女均等、そして読み書きの能力向上)は、特別に目標と達成期限が設定されました。ただ1項目、つまり第6項だけが、「教育の質の全ての面を向上させること」に関するものでありましたが、それは、まことに他にかけがえのないものであります。EFA運動は、全ての者が全てのところで質の高い基礎教育を享受することができることを保証するものであります。
 
 Dakar Framework for Action ((「ダカール行動枠組み」)の次の言葉は、私にとって、EFAの持つ挑戦とは何かを要約しているように思えます。「すべての子ども、青年、大人は、基本的な学習ニーズに最善かつ、最大限に見合う教育、及び、知ること、行うこと、共に生きること、存在することの学びを含む教育、を享受する人間としての権利を有します。それは、すべての者が生活を向上させ、社会を変革することができるように各人の才能と潜在能力を刺激すること、学習者の人格を発達させることに拍車をかける教育です。」これらの優れた言葉は、教育の質とは何かを集約したものであり、また、教育の偉大な努力は何のためにあるのか、を私達に思い出させるものであります。
 
 ユネスコの「質の観点からの教育」の将来展望は、概念的、戦略的、実践的の3つの主な側面を含んでいます。これから、これらについて順に述べてみましょう。まず、概念的についてですが、教育の質の基盤は、万人が入手できる教育の権利にあります。排他的、差別的、不公平な教育は、質の高い教育ではありません。ユネスコは、「質の観点からの教育」を人間の権利として促進し、すべての教育活動の遂行を権利保証の方策から支援いたします。
 
 更に、教育の質は、完全かつ、包括的そして力学的な教育の将来展望と概念的に関連します。ユネスコの教育に関する責務は全てを包括するものですから、教育を全体論的に系統的に理解することが不可欠です。各部分がどのように適合し、相互に関係しているかを考察すべきです。人の完全なる発達が、社会の完全なる発展から不即不離であることを、特に、加速されるグローバリゼーション(世界的機関化)、全人格性を特質とするこの時代においては、考察すべきであります。
 
 しかしながら、現在ほど全人類の結束が実感され、かつその脆弱さをも実感され得た時代はかつてありませんでした。そのために、多様性と特異性を考慮した教育の夢を再構築しなければなりません。また一方で、共有する普遍的な価値を再確認しなければなりません。ユネスコにとって、教育の質の問題は、今世紀にふさわしい教育の全体論的な将来展望を理解し、連結し、発展させる課題の中心に位置させるものであります。
 
 次に教育の質を戦略的観点から申しますと、私は、いかに多くの要因が関係しているか、それらの相互関係がいかに複雑であるか、教育の質についての論争がいかに深遠で多様であるかに驚きます。ユネスコとしては質の観点からの教育の全ての主要な要因を、視野にいれ続ける必要性のあることは認識していますが、それぞれの局面に存分に貢献することを希望することには無理があります。ですから、どの局面に特別な能力や強力な協力を集中させるか、一方、どの局面により一般的な構図を向上する‘付加的価値’を置くか、選択し、優先順位を置く必要があります。私達は、これからの時代の質の観点からの教育を向上させるに重大であると信じる次の4分野に、現在、最優先順位を置いています。この4分野とは、環境を破壊しないで資源開発を行う環境教育、平和と人的権利のための教育、カリキュラムと教材の改訂、教師教育です。
 
 実践的観点から申すますと、質の観点からの教育は、多くの関連する要因に注意を払う必要があります。これらの要因とは、学習者の能力とニーズ;革新された知識、変容された知識、最新の知識を習得し適合させるために必要となる学習内容;教授学習過程;物理的だけではなく心理―社会的特質を考慮した学習環境などであります。特に、心理―社会的特質を考慮した学習環境は、性差別、いじめ、体罰、強制労働を根絶する視点が必要です。最後に、「結果の質」という論点があります。この質は、知識、態度、技術といった特定の学習結果の観点とそれらを教室レベル、国家レベルで査定する適切な方法という観点から理解する必要があります。質の観点からの教育は、測定できますが、その測定方法は、改良され、多様化されなければなりません。
 
 実践的行動においても、選択と優先順位の設定が、特に、特定の学習状況や背景に適切な要因の取捨選択においては、必要であります。ユネスコはすでに教科書と教師に関する取捨選択された要因を確定しました。認識すべき重要事項、特に発展途上国の貧困地域に適合する事項は、いかなる学習環境も一定で継続される小さな変革で向上させることができるということであります。更に、質の向上は自動的に即座に大幅な財政的資源の拡大を必要とするものではありません。貧しい資源しかない学習環境において、小さな変革が真の向上をもたらすことができます。時には、無論、財源や教材資源の大がかりな投資が必要であることもありますが、これは、すべての問題や状況にあてはまるものではありません。
 
 ユネスコの質の観点からの教育の将来展望は、私が以上提示した3局面を指しますが、これはまだ展開過程にあります。それは、人間の権利と普遍的な人間の価値の理解に強固に根ざしたものであります。人間の権利についての教育ではなく、人間の権利のための教育です。21世紀の迅速に変容する現実に関わる必要性と同時に、学習の文化的、歴史的根幹を認識するものであります。全体論的、統一的な将来展望ではありますが、決して画一性を強要するための方略ではありません。我々の時代に適合した将来展望であると信じています。
 
 最後に、私は、重ねて、ロンドン大学教育学研究所の1世紀記念達成をお喜び申し上げます。異なる時代と状況下で創設されてはいますが、ロンドン大学教育学研究所とユネスコは同じ理念、主義、価値に献身する類似の機関です。教育は、この地球上に善を成す、力強い原動力であるという基本的信念を共有するものであります。共に、末永く存続し、機関相互の協力を真に強めていきたいと願っております。。
 
 今日ここに列席する卒業生の皆様、21世紀における教育の質とは何を意味するのか考えて下さい。教師、校長、管理職、研究者、他の教育的職務を担う方と立場は異なりますが、教育の質とは何かという論点は、最重要なものとして、また繰り返し浮上し、皆様の専門的職業人生を形成するものとなりましょう。
 
 最後に、もう一度、私に授与された名誉学位に謝辞を述べさせていただきたいと存じます。真に光栄であり、私はこれを心からの喜びといたします。
(訳 佐伯 知美)
  2003.3.18 ユネスコ事務局長 松浦晃一郎氏 名誉博士号授賞式でのスピーチ