「プロジェクト未来遺産」登録証伝達式 「水辺と生き物を守る農家と市民の会」(福井県越前市)
事務局次長の寺尾です。
1月25日(金)午後3時、折から降りしきる雪の中、武生駅からバスに乗って福井県越前市の白山地区に向かいました。田園地帯へと差しかかると、車窓からは白雪の舞う田んぼがキラキラと輝いて見えました。おやっ、と思って見渡すと、その辺り一面は冬の田んぼに水が張ってある「冬水田んぼ」。見慣れた冬の田園風景とはちょっと異なる・・・何か新しいものに出会えそうな期待感に胸がおどりました。
到着したのは、しらやまいこい館。
中でコウノトリの展示コーナーを見学して、コウノトリの素敵な物語に出会いました。今から43年前の1970年。この地区にくちばしの折れた「コウちゃん」が舞い降りた。子どもたちや住民は、地区をあげてコウちゃんの世話をされたそうです。1971年、コウちゃんは保護され、兵庫県へ行くことに。「子孫は必ず返すから」、これがその時の約束だったそうです。
それから40年後の2011年、兵庫県豊岡市の「県立コウノトリの郷公園」から「ふっくん」と「さっちゃん」が約束を果たすためにやってきました。2羽のコウノトリは、今、ケージの中で飼育されています。いこい館のモニターテレビには、雪降る中、エサ場のそばに立つ、約束のコウノトリの姿が凛々しく映し出されていました。約束は守られたのです。
なぜ、冬の田んぼに水を入れるのか、知っていますか?
それは、イトミミズなどの水性生物を増やし、水鳥たちに休憩場所を提供するためです。
今回、プロジェクト未来遺産に登録された「水辺と生き物を守る農家と市民の会(夏梅敏明会長)」の試みの一つです。コウノトリは里山の生態系の頂点に立つ鳥。コウノトリが住める里は、生き物が豊かに、元気に暮らしている土地。つい50年ほど前までは、日本中がそんな豊かな自然に恵まれた場所でした。ところが、農薬の使用や里山の変化、道路の建設や河川の改修などにより、豊かな生態系はいつの間にか崩壊し、生き物が乏しい自然へと環境は急速に悪化してしまったのです。もちろん、その影響は人間にも及んでいるはず。
「水辺と生き物を守る農家と市民の会」は、生き物たちと共生する地域づくりを進め、コウノトリの住める環境を取りもどそうと挑戦する市民団体。田んぼファンクラブ活動を進め、無農薬無化学肥料の米作りなどに取り組んでいます。冬水田んぼはその象徴的な活動です。
午後4時、プロジェクト未来遺産の伝達式が行われる予定だった田んぼは吹雪の中。会場は急遽、白山公民館に移され、奈良越前市長始め来賓、関係者の臨席のもと、日本ユネスコ協会連盟未来遺産委員の土屋誠琉球大教授が夏梅会長に登録証を渡されました。福井ユネスコ協会の光野会長は、地元のユネスコ協会として今後の支援を約束されました。 伝達式終了後、古民家の福井新聞コウノトリ支局でお祝いの会が開催されました。「コウノトリが舞う里づくり」は行政、地域住民、企業が協働して取り組む事業です。地元の食材による地産地消のおもてなしに会は盛り上がり、外の吹雪とは対照的に、コウノトリを呼びもどすそうという夢に向かって、熱い思いがにぎやかに行き交っていたので印象的です。
コウノトリを呼びもどす、それは決して容易いことではありません。地区をあげての理解を図るための涙ぐましい努力。人の心を一つにまとめるのは非常に難しいことです。無農薬農法に立ちはだかる生産性との壁。会の前途はまだまだ多難でしょう。しかし、コウノトリの住める里を取り戻すということは、次の世代の子どもたちの命を守ること。地域の未来を守ること。プロジェクト未来遺産のメッセージがコウノトリとともに大空に羽ばたいていくことを願わずにはいられませんでした。