−多文化共生で平和の和を結ぶ−
今年の暑さは世界共通でした。
7月11日のアテネは38度でした。強烈な日射も木陰では涼しく乾燥し、夜の9時頃まで明るくさわやかです。市民はシエスタといって昼寝をし、午後5時まで商店は閉まっています。日ユ協会連盟理事長の野口昇氏のご好意で大瀧太市団長と各地メンバーの9人が60周年を迎えたアテネ大会の傍聴を許され、川上千春さんのお世話を受けました。66国300名の会議では米英の姿はなくアフリカ・中南米そしてアジア諸国が多かったです。服部英二氏が流暢な仏語で総合司会をされ、野口氏が正確な英語で日ユの60年の活動の歴史を映像と共にプレゼンテーションされ、質問と期待の声が上がりました。レセプションでは服部氏がアテネ大会の意義をギリシャ神話の「海水かオリーブか」でポセイドンの野望から生活の糧となるオリーブの贈り物でアテネの平和を築いたアテナ女神の故事を説明されました。日本は会議のリーダーシップを発揮しました。それは民間NGOの力です。
21世紀になっても紛争は収まらず国家間の利益を優先する政府の立場には限界があります。宗教、民族、文化を超えた民間の自発の活動でこそユネスコ精神は成し遂げられるのです。たった数日でしたが、思いを共通する多くの友人に出逢いました。車椅子のベネゼーラのゴンザレス博士、ネパールの女優サガンさん、やさしい中国の陶西平氏です。彼は北京市の教育長と伺いましたが大人(たいじん)の風格です。私の下手な英語と仏語そして中国やスペイン語の簡単な挨拶だけで通じました。
コミュニケーションは善意と心の交流です。各国の民族衣装にも惹き付けられました。アフリカ諸国の文化の素晴らしさと若い黒人女性の美しさを発見しました。
そして日本からの9人の同志たちとも深い絆で結ばれたことがうれしかったです。 (戸崎)
パルテノン廃墟の丘に夾竹桃
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