能に親しむ

平成14年2月23日(土) 十四世喜多六平太記念能楽堂
主 催 目黒区教育委員会  主 管 目黒ユネスコ協会
 
「目黒区国際交流ひろば」ー能、雅楽、狂言、三曲、文楽、武道、歌舞伎など―日本文化紹介は今回で14回を数える。毎回、目黒区教育委員会と出演者の方々の並々ならぬご協力があっての開催であるが、この度は喜多流一門の格別のご高配により「十四世喜多六平太記念能楽堂」を会場として、喜多流を担うお二方を含む出演者により開催されたことは特筆さるべきことといえる。通例となったマーク大島氏の通訳および英語解説も参加外国人に好評。ここにすべての関係各位に心から感謝申し上げたい。
 
   第一部  装束着付・解説   高林白牛口二 重要無形文化財総合指定保持者 (写真上・右端)
              通訳   マーク大島
   第二部  羽衣 シテ・天人   塩津哲生     重要無形文化財総合指定保持者  (写真下)
           ワキ・漁師   館田善博
    前々号には塩津哲生氏が『「観よう」とする意気を』という貴重な
   原稿をお寄せ下さいました。今回の行事に関しましても下記のような
   原稿が寄せられました。喜多流の方々に深くお礼を申し上げます。
 
   十四世喜多六平太記念能楽堂    芹澤宏佳(せりざわひろよし)
 中国の故事の中に『(そったくどうじ)』ということばがあります。卵から雛が孵ろうとする時、殻の内側から外へ出たい気持ちを伝えるために雛が懸命に鳴いて知らせる『』と、親鳥が卵の殻をつついて雛が外へ出るのを助ける『啄』という動きが同時になった時はじめて事が成就するというものです。裏返せば事の成就とはこの双方の絶妙なタイミングなしではあり得ないというわけです。
 折しも能楽を世界無形文化遺産第一号に認定していただいたユネスコ国際理解、交流活動の一環として、このたび『能に親しむ』会を私ども喜多能楽堂で催していただきましたことは誠に感激にたえません。開催のきっかけは協会理事の母上様が昔喜多流家元十五世喜多実先生にご縁があった由。この縁の不思議さと時代の風を受け喜多流内に宿した能楽普及への意気込みが相俟って今回の企画の誕生となったのです。それはまた諸外国の皆様に日本文化をご理解いただく端緒として、舞台上で能装束の着付けをご覧いただき、クライマックスは優美な作品の代表格=能『羽衣』へと誘う大胆な「遊び心」さえも触発しました。
 お陰様で当日の会場は大盛況。狭いロビーにひしめく人波の中で、能を観て楽しんでいただきたいとのスタッフ皆様の高揚する息づかいが、お客様と対応される笑顔や機敏な動作の随所に表れてアットホームな雰囲気を醸し出されたばかりか、マーク大島氏の見事にまで古典芸術に精通された見識が開花した通訳で能観賞への期待を大きく膨らませてくれました。案の定、『能装束の着付け』での解説者と通訳との巧みな呼吸に垣間見えたほのかに温かな文化交流や、凍りついたかのような全員の視線に呼応して、千変万化息をのむほどの緊張感の中で日本古来の幽玄を表現した能『羽衣』は、恰も夢にまでみた高級食材をようやく口にした時の、一種の至福感にも似た満足感に浸った思いです。これこそ双方それぞれの「思い」が絶妙なタイミングで織りなした、まさに『』であったといえましょう。
 こうした素晴らしい機会を与えてくださった目黒区教育委員会、目黒ユネスコ協会の皆様方に心より御礼申し上げます。
 
<アンケートから>  アンケートにご協力下さった方 28カ国 から173名
 *初めて能を観ました。わからない部分はたくさんありましたが「羽衣」の舞がとてもきれいで和楽器の響きも心地よかったです。 *時間をかけて消化したいと思います。 *目黒のこんな近くにこんな素敵な能楽堂があることを知りませんでした。思いがけず優雅な一時を過ごさせていただきました。 *装束の説明、着付けなど詳しくまたユーモラスにお教え下さいましてありがとうございました。お能もとても理解し易く感動しました。
 *It was a wonderful event, so informative and well presented for us foreigners. It wouldn't have been better, I look forward to seeing more.  *I really enjoyed this Noh performance. I had expected Noh to be boring, but it was fascinating, not in the least bit boring.  *Thoroughly enjoyable and educational. I will attend Noh again.  *Very interesting. Combination of lecture, behind the scenes views and actual performance is very effective.
 
註 :参加数 360名(外国人約100名)大使館関係他在日外国人、区民からの申し込みも多く、客席数に対し倍以上の入場希望者があり、多くの方にお断りの返事を差し上げました。あしからずご了承下さい。 報告:当日会場でアフガニスタン難民支援募金を実施38,540円のご協力金があり、日本ユネスコ協会連盟を通じ難民の「識字教育活動」に活かされます。ご協力ありがとうございました。


ショートニュースの前々号に塩津哲生氏がお寄せ下さった『「観よう」とする意気を』をご参考までに下記に掲載します。

「観よう」とする意気を 喜多流職分 塩津哲生
 
  能を一度も観たことがないのに、能は「解かりにくいもの」、「たいくつなもの」ということだけは、なぜか多くの人に浸透しているようです。
 能舞台は観客席に張り出して出来ています。それは、能は観客に観せるものではなく、演者と観客とで創りあげていく要素を多分に持った芸術であるからです。極端に無駄を省き、一本の松が三保の松原を象徴し、波に浮かぶ千鳥・鴎は演者が手にした扇で千鳥・鴎の方を指すだけなのです。千鳥・鴎の置物もありません。観る人のそれぞれの心のなかに三保の松原を、千鳥・鴎を思い浮かべ、自分の舞台を創っていくのです。それは朝もや立ち込める、幻想的な松原であろうと、紅の夕陽に照り輝く松原を想い描こうと、観る人、それぞれに自由なのです。演者の力が優れていれば、観る人はその情景を彷彿とするでしょうし、そこまでの力をつけることが演者の理想でもあります。その力の最も源にあるものは気力です。静かに佇んでいる時も、演者の内面に燃焼しているエネルギーは大変なものです。そして、それを生かすも殺すも観る人達によるところが大きいのです。観ようとする意気と、演者の意気がぶつかりあってはじめて心を打つものが生ずるのだと思います。演者の魂に凝縮されたエネルギーが能の核であり、それがあの能面に血を通わせ、ほほえんで見えるのです。そこが能の難しさの所以であり、美しさの源泉でもあります。
 わずか一時間足らず、長い人生のなかではまたたく間です。「よし観てやろう」と舞台にくらいつく位の気持で観て、日本の最も誇れる伝統芸能である能の中から、何か一つでも感じとっていただきたく思います。

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