ユネスコ本部(パリ)のホームページから日本語に翻訳して転載いたします。
 
    文化に対する犯罪行為を見過ごしてはならない
          松浦晃一郎 ユネスコ事務局長
                          ル モンド 2001年3月15

 文化遺産に対して犯罪がなされた. 1500年の昔からバーミヤンの谷を見守ってきた大仏,それをタリバンは修復不能なまでに破壊した. 彼らは,アフガニスタンの歴史の一部,また複数の文明の遭遇をしめす比類なき証左でもある,
全人類の文化遺産を破壊したのだ.
 この犯罪は,冷酷に意図的に遂行された.ここ数年,大仏の周囲にある,僧侶たちによって描かれた壁画が,そこに野営していた様々な過激分子の兵士に汚され,毀損されてきた.兵器が,まるで大仏の足許に供えられたかのように積み上げられていた. 大仏は,そこでは防壁代わりに利用されていた. ここ数年,その大仏も幾度となく標的とされてきた.すでにそれは耐えがたいことではあったが, 戦争ということで,正当化されはしないが,説明はつくのである. 今回の組織的な破壊には,こうした嘆かわしい口実すらもないのだ.
 
 文化に対するこの犯罪は,宗教の名の下になされた.というよりむしろ胡散臭い,疑問視されているある宗教的な解釈を大義名分になされたのだ. イスラム諸国のなかでも最も有力な神学者たちは,この解釈に異議をとなえている.
 
 自分の信仰の名の下に,アフガニスタンが誇る名だたる遺産の破壊を命じた最高指導者オマール師は,15世紀以来うけつがれてきたイスラム世代すべてが,それについてはよく理解していると主張している.理解しているというが,イスラムの征服者,指導者たちが,カルタゴ,アブーシンベル(エジプトの神殿),タキシラ(パキスタン)を無傷で残したことについてはどうだろうか.それからモハメット預言者自身が,メッカに赴いた際に,カーバの建立物を敬うことにしたことも踏まえた上でのことなのだろうか.
 
 実際,彼らの破壊行為は,イスラム教の威光を高めるどころか失墜させ,その遺産に自らのアイデンティティーや価値を見出していたアフガニスタン民族の記録を抹消したのだ.同様に,自らの豊かな財産の一部を奪うことで,自分たちが治めていくアフガニスタン国家そのものをおとしめたのだ.
 この犯罪を阻止できるものはなかった. 国際的な抗議の声がいかに大きかろうが,宗教関係やそれ以外のところから派遣された密使がいかに重要であろうが,タリバンを説得させうることはなかった. 大仏の損壊はすでに著しく,これまでに類を見ない行為といえるだろう.初めて中央権力が,それも本物と認められてはいない権力が,われわれの遺産という財産を破壊する権利を強奪した. そして初めて,世界遺産の保護をうたうユネスコが,このような状況に直面することとなった.確かに,過去にも破壊はあった.多くの国に局部的な破壊の歴史は見られるし,偶像破壊運動は,宗教内部で荒廃をもたらした.また革命勢力は,破壊的な混乱をまねいた.そして近年では,ドウブロブニクやモスタール橋が,シンボルだからという理由で標的となった. しかしわれわれは,今や決定的に新たな時代に突入したと信じていた.誰もが人類共有である複数の文化遺産を認識し,それらにより多くの尊敬と評価を抱く新しい時代にあると信じていたのだ..
 
 ユネスコは,大まかに三つの方面で大きく貢献してきた.ハーグ協定で取り決められた軍事的な衝突における文化財の保護,こうした財産を,もっともらしい証書をつけて不正に密売することの阻止,そして1972年以来,普遍的な遺産にもこの思想をひろげてきた.世界遺産への関心の高まり,意識化の広がりは,世界遺産の指名が成功したことを如実にしめしている.
 
 近くにある世界遺産はもちろん遠くにあるものへも同じように,人々の愛着が高まっているのは新しい現象で,進行しつつある国際化のプロセスと無縁ではないだろう. そのプロセスにおいては,各自が"地球村"の一員であると自覚し,そのことの目印を欲し,価値や意味を持つ,地球市民としての記念物や場所を認識する必要性を感じている. ここで誤解してはならない. それは破壊された石のかけらではないのだ. それは歴史であり文化であり,いやむしろ二大文明の実りある遭遇の証拠であった. そして彼らが消し去りたかったのは,異文化間の対話がもたらした教訓だったのだ.
 
 それ故に,バーミヤンやアフガニスタンの美術館でイスラム以前の像に対してなされたタリバンによるこの犯罪は,常軌を逸しているのだ.このような文化的な後退は許してはならない.新たな種類の制裁が必要である. 数日前に,旧ユーゴスラビアに対する国際刑事裁判所は,起訴されている拘留中の16人の指導者の中で,1991年,クロアティアの歴史的港ドウブロブニクへの攻撃に際して,歴史的記念物を破壊した者を明らかにした.これは今後の一例となるだろう.
 
 国際的な共同体は,受身であってはならない.文化遺産に対する犯罪をこれ以上許してはならないのである.このようなタリバンによる,孤立してはいるが危険にみちた行為に対して,ユネスコは必要な手段を講じるであろう.とりわけ,イスラム前であろうがイスラム紀であろうが残りの遺産を救うために,アフガニスタンの文化遺産の流通を阻止すること,これは間違いなく強化されるだろう.しかしまた,世界遺産委員会の中でも保護の強化を図らなければならない.国際共同体は,バーミヤンの大仏を失ったのだ.これ以上なにも失ってはならない.
 
ユネスコ本部(パリ)のホームページから転載 写真とも
原文は仏語・目黒ユ協:栗田 美智代訳

同じパリのユネスコHPから(社)日本ユネスコ協会連盟も翻訳を掲載したことがあります。
再度掲載の予定もあるようですのでご興味のある方はご参照ください。


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