No.192-4


ぞくぞく 海外からのお客様  美術展にも立ち寄られました 
 11月21日午前、遠く北欧3国から5名の国際交流の専門家が、目黒ユネスコ協会を訪問した。引率は東工大の藤井氏。これは、東京工業大学研究協力部が、第3回AIEJ/ユネスコ青年交流信託基金国際交流担当者プログラムを実施するにあたり、訪問者が日本の大学の国際交流業務、国際教育関係組織、日本の文化遺産等に関する知識を習得し、日本への理解を深めることを目的とする行事の一環として、当協会の見学を希望されたため実施されたものである。
 事務局で加藤会長、原田富美子理事から日本の民間ユネスコ協会の活動(日ユ協連、目黒ユ協)の説明を受けた後、守屋教育会館で「日本語教室」の実施状況を視察した。二日後の23日には折良く開催中の「目黒ユネスコ美術展」も視察した。
  又、10月24日には、同じく東京工業大学の国際室の依頼で、AIEJ/UNESCO研修プログラムにより訪日(3週間滞在)したタイとフィリピンの学生11名(全員電子工学専攻)が、東工大の平野氏の引率で、日本語教室を来訪し教室活動を見学した。見学に先立ち、事務局で目黒ユ協の活動について、概要説明と懇談の会を持った。来訪した全員日本語が分からないが、当会の多岐に渡る幅広い活動を知り、大変関心を持った様子だった。          清水 記
 

 ・・・平和コンサート2002・こぼれ話 ・・・
   コントラバスの名器 アントニオ・テストーレ
 
  10月10日パーシモンホールで行われた「平和コンサート2002」の第二曲目、シューベルトの「鱒」で使われたコントラバスは、なんと、目黒ユネスコ協会員のものでした。江口朝彦さんの貴重な遺品をみちる夫人が提供して下さったのです。この日使われた江口さんの楽器は「アントニオ・テストーレ」。低音の美しさで知られるイタリアの名古楽器。見覚えのある楽器に見えました。かつて、目黒ユネスコ協会の「コントラバスの魅力」のお話のとき、小中学生に、自由に弾かせてくださったのもこの楽器だったのでしょうか。
 江口さんは戦後、交換留学生としてチェコに留学しました。帰国後は20年にわたりN響でコントラバスを弾き首席奏者にもなられ、その後芸大の教壇にも立たれました。「鱒」にコントラバスは必需品と思っていましたが、日本では戦後になってもコントラバスは珍しかったそうです。江口さんはコントラバス専攻生が少なかったこともあり、入学前の一年間、毎日芸大の楽器を借用して受験勉強をされていたというエピソードを今回初めて伺い驚きました。
 心の優しい江口さん。「鱒」の第四楽章の有名な変奏曲、二つ目の変奏でピアノの女王様とコントラバスが掛け合うところで私の目には見えました。江口さんが大きなコントラバスとまるでダンスをしながら弾きまくっているではありませんか。そして、「ああ、聞いていますよ」って、天国からたしかに聞こえてきました。その声、ウィーンからはるばる来た弾き手のヘッキングさんにも聞こえたようです。「ほんとに素晴らしい楽器で感激しました。ありがとう」と。嬉しくなりました。
 この日、まるで我が家の庭先のように身近なめぐろパーシモンホールで、スタインウェイもアントニオ・テストーレもほんとに美しく響きました。幸せな平和コンサートでした。           Y.O

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