ICT機器を用いた小学校低学年児童の避難行動決定プロセスの解明

神戸大学附属小学校

活動に参加した児童生徒数/1学年34人
活動に携わった教員数/2人
活動に参加した地域住民・保護者等の人数/3人

実践期間2020年9月1日~2021年3月31日

活動のねらい

現在の防災教育は刺激(サイレンや校内放送による避難情報)と反応(定められたルートを通っての一時避難場所への避難)で設計された教師誘導型の避難訓練が中心となっており,児童自身がその学びを生かしきれていないことが課題となっている。また,近年,防災教育においては,ICT活用型避難訓練の実践がなされているが,中学生や小学校高学年が対象であり,低学年段階におけるICT活用型避難訓練の実践や学校での取り組みは見られない。本実践では,児童の災害対応能力を向上させるために,避難行動選択のプロセスを分析・検討し,実際にICT機器を活用した避難訓練を複数回実施し,低学年においても避難行動の意思決定が成立しているのかを明らかにすることを目的とした。

活動内容

1)実践内容・実践の流れ・スケジュール
具体的には,学校避難訓練をベースに,児童主体の避難訓練を全2回実施する。1回あたりの避難訓練は,①事前指導,②実践,③事後指導を1セットに行う。避難状況は回を重ねるごとに負荷をかけ,避難行動の実態を把握した。本実践の内容としては,①~③のように考える。①事前指導では,防災の基礎知識の習得を目指し,災害の特性を理解させ,行動する際の留意などを示した。その際,リアリティを高めるために,防災センターでの体験活動を実施し,火災時には煙は上に上がることが多いことなどの知識や口をハンカチで覆うなどの避難の仕方(技能)を学ばせた。次に②実践では,グループで避難訓練を行った。これまで教員が引率する訓練ではなく,児童主体で避難先までのルートを考えさせ,避難行動をさせた。その際,校内において想定される避難経路に災害時に起こりうる危険な状況をトラップ(通行禁止)として用意し,児童がどのように危険回避しながら避難行動するのか,どこに注意をして行動するのかなどのデータ集積を行った。最後に③事後指導では,実践での発話記録や映像記録などを用いて,振り返りを実施し,児童と行動評価を行った。ここでは,児童の行動選択理由を明らかにし,学級で議論を重ねていくことで,これまで学んだ知識だけでなく,幅広い視野を持つことの重要性を児童と共有した。この一連の流れを複数回繰り返すことで,安全な避難行動の習得や児童の災害対応能力の向上を目指した。本実践後,従来の避難訓練(地震)を実施し,本実践での学びが生かされたか,本実践での避難訓練(児童主体)と従来の避難訓練(教師主導)との比較を行い,本実践の分析・考察・評価を行った。

2)9月研修会の学びの中から自校の実践に活かしたこと。研修会を受けての自校の活動の変更・改善点。
  昨年度まで(助成金を受ける前)の実践と今年度の実践で変わった点。助成金の活用で可能になったこと。
東日本大震災で被災された学校の発表では,泥などで歩く場所が不安定であることやガラスや物が散乱していたこと,余震がいつ来るのか分からないなど,訓練では体験できない状況が災害発生時に起きることを伝えていた。この内容は,避難訓練におけるリアリティの重要性を示唆するものであり,多くの研究において「訓練のための訓練」に課題があることが示されている。本実践では研修会や助成金を受け,まず災害のリアリティをもたせるための環境設定を行った。また心拍計とウェアラブルカメラを導入し,避難訓練時に児童に装着させ,避難訓練時の緊張状態や避難行動における児童の視点を分析するなどの工夫を行った。


3)実践の成果
減災(防災)教育活動・プログラムの改善の視点から
ウェアラブルカメラなどのICTを活用した避難訓練を実施し,振り返りを行うことで,自分の行動を客観的に捉えることができた。実際に児童は,自身の記憶を頼りに「避難行動はしっかりできた」と主張していても,ICTを使って自分の行動を見直すことで,うまく動けていない(動けている)ことを認識し,自身の避難行動について客観的に,適切に自己評価できることが分かった。また,映像を見る事で,避難行動の成果や課題を見つけ出し,より安全な避難行動について考える姿も見られるようになった。以上のことより,避難行動を客観的に判断し,適切に評価するためにICTを導入することは有効であり,特にメタ認知能力の低い低学年においては,効果的であると考えられる。

児童生徒にとって具体的にどのような学び(変容)があり、どのような力(資質・能力・態度)を身につけたか。
本実践では事前指導において,明石市防災センターで災害に関する知識や避難行動に関する技能を習得させ,それらを避難訓練で発揮できるよう環境設定を行った。また,ICTを用いた振り返りにより,避難経路や避難行動の適切性を十分に議論できる場を設けた。この開発された一連のプログラムを実践することで,児童は災害特性に応じた適切な避難経路や避難行動を選択しようとする姿が見られた。この姿は児童が主体的に避難訓練に向き合う姿であり,本プログラムは,児童の災害対応能力を向上させることができていると言える。また,日常生活においても防災に対応する意識が芽生え,棚の上に物を置かない,出入口は塞がないなど,児童自身がいつ何時起きるか分からない災害に対して,自分の身を守ろうとする態度が身に付いている。

教師や保護者、地域、関係機関等(児童生徒以外)の視点から
本プログラムの実施により,児童自身の災害に対する意識が高まり,児童自らが中心となって家庭の災害対策を考えるきっかけづくりをしていることが保護者から聞かれている。具体的には,災害特性に応じた適切な避難行動を保護者に紹介したり,学校から自宅までの避難経路を一緒に考えたりなど,実践を重ねるたびに,獲得した知識や技能を伝え,広げることが出来ている。また,本プログラムにおけるICTを用いた新たな事後指導の在り方については,研究協力者である神戸大学工学部寺田教授からもその価値が見出された。具体的には,ICTを用いた振り返りにより,避難経路や避難行動において適切かどうかの視点や判断基準を児童自身がもつことができるようになってきていることである。


4)実践から得られた教訓や課題と次年度以降の実践の改善に向けた方策や展望
本研究では,低学年の避難行動の意思決定のプロセスについて,ICT機器を活用し,事例的に分析を行った。本研究において得られた知見は,2点である。1点目は,低学年の避難行動の意思決定のプロセスである。災害に関する知識・技能を,体験を通して習得することで,学んだ知識・技能を発揮させながら主体的に状況を判断し,避難行動を選択できることが分かった。2点目は,事後指導において,ICTを活用し,避難行動を客観的に振り返り,議論する場を設定することで災害対応能力を向上させることができることが分かった。今後は,本実践によって高まった災害対応能力の継続性について解明すると共に,主体的な避難訓練の価値を共有し,学校全体で実践できる組織作りを行いたい。

 

活動内容写真

活動において工夫した点

本実践の特徴は,これまで教員主導(引率型)で行っていた避難訓練の流れを,児童が自ら考え行動する避難訓練に変更したことである。児童が試行錯誤できる環境を避難経路に設定することで,定められた経路をついていく従来の訓練とは異なり,災害特性に応じた避難行動を状況に応じて自ら主体的に判断し,選択させることができた。このことにより,災害時に活用できる知識・技能の習得や,思考力・判断力・表現力等の育成,つまりは,災害対応能力の向上を図ることができた。ここで培われた能力は,学校外はもちろん,生涯に渡って児童自身が自分で考え行動できる姿につながると考えている。また,ICTを活用した振り返りを行うことで,自身の避難行動を客観的に評価することができる力を高めることもできる。特に,避難行動中の状況把握など,見落としの多い事項の確認や,行動選択の理由を議論するなど,映像を活用することで児童がその当時の状況をどのように捉えられていたのかについて再現性を高めることができる。以上のことはすべて,児童の災害対応能力を向上させ,防災に関する意識を高めることにつながっている。

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