定例総会特別講演

「文化の多様性と未来世代の権利-ユネスコはどこへ向かうべきか

講師 服部英二氏(元UNESCO事務局長顧問・特別参与)

最初に、服部氏の日本ユネスコ協会連盟事務局長時代からの50年来の畏友であられる尾花理事が、20年余りの長期にわたりUNESCOパリ本部で日本を代表して多大な活躍・貢献をされた、とし講師の服部英二氏て講師を紹介。

講演冒頭に、高名な歴史学者であるアーノルド・トインビーの言葉「母なる大地の子たる人類が、もし母親殺しの罪を犯したならば、もはや生き延びることはあるまい。その罰は自己崩壊であろう」など、人類が経済成長の代償として地球環境を破壊しつづけることへの世界の賢人からの8つの警鐘を引用して後、「地球環境を守るには地球の生物多様性を守ること不可欠であるように、世界の平和を守るには人類の文化多様性を尊重されなければならない」という海洋探検家として世界的に著名なジャック・イヴ・クストーの主張を通して、ユネスコ精神の哲学的バックグランドを論じられた(服部英二編著「未来世代の権利」2015年藤原書店刊:会報104号P.12書評参照)。この主張は、クストー自らの豊富な海洋生態系調査体験に裏付けられているだけに説得力があるが、服部氏ご自身もUNESCO本部で異文化理解のためのシルクロード「対話の道」総合調査プロジェクトを推進されたことから、その講話に一層の迫力があった。

現実は、最近でも9.11米国同時テロの際のブッシュ大統領、パリ多発テロ2015の際のオランド大統領などから、「彼らは文明に戦いを挑んだ」という趣旨の発言がなされていて、西欧の文化のみが文化と呼べるのであり他は野蛮であるという、トインビーなどの文明多元論はあるものの、西欧にはヘーゲル以来の文明一元論が根深いことを示している。

文化の多様性に関する世界宣言

その意味から、9.11米国同時テロ発生からわずか2カ月後の2001年11月に、文明の衝突が叫ばれる中で、クストーの上述の主張が起源となって、その第1条を「自然界に生物多様性が必要なように、人類の生存には文化の多様性が不可欠である」とする「文化の多様性に関する世界宣言」がUNESCO総会で採択された意義は極めて大きい。

ここで言う「人類の生存」とは単なる生存ではなく、1948年に国連総会で採択した「世界人権宣言」がその第1条で「すべての人間は、生れながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利について平等である」と規定している「基本的人権」が守られて生きることを意味している。この宣言は確かに画期的意義があるが、その権利の主体は「現存する個人」にとどまっており、祖先・子孫(未来世代)・地球環境・自然・生命圏までは視野にない。

未来世代に対する責任宣言

そこで、それを補うものとして、国連は1989年に「子供の権利条約」を採択したが、特筆するべきは、クストーによる世界800万人の署名を集めた「未来世代の権利のための請願」運動が結実して1997年のUNESCO総会で「未来世代に対して現存世代が負う責任宣言」を採択したこと(そこに至るには、服部氏がクストーから要請されて当時のUNESCO事務局長であったマイヨールとの秘密会議を設定したことがきっかけとなった、との裏話も披露された)。

全人的なアプローチに向けて

この宣言は、「自然の一部としての人間、38億年のいのちの流れを見据え、未来世代からの視座を持つ総合的倫理を追求する地球倫理」という考え方がそのベースにあり、それはこれまでの理性至高主義に対する全人的なアプローチによる挑戦であると言える。そこでは、1995年の国連大学でのUNESCO創立50周年記念シンポジウム「科学と文化;未来への共通の道」が発したメッセージ「全体は部分に包含され、部分は全体に行き渡っている」という、華厳の「一切即一、一即一切」に通じる、アリストテレス以来の排中律を破る「包中律」の考え方への変革を求められている。

以上から、基本的人権を中心として、他者・他文化から自然・地球環境までの空間軸と祖先伝統から未来世代までの時間軸が交差している、として捉えることが重要である、とまとめて講演を締めくくられた。(石田)

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