ひろば
私のユネスコことはじめ
渡邉達郎
私はユネスコという名称はかなり早くから知っていた。しかし、その活動内容は何も知らなかった。中略でいきましょう。数年前、松浦さんがユネスコの事務局長になられた。これは実は大変なことだったのだ。何故なら、そのすこし前にITU(国際電気通信連合)の事務局長に宇津見さん(前郵政審議官)が選ばれていたからだ。日本から国連の専門機関の長に同時に2人の人が就任するというのは戦後始めてのことだったのだ。 その頃、偶然にも私も鎌倉ユネスコに縁あって入会したのであった。
ふだんぎコーラス
野田富士子
私に許された「いのち」の時間を、思いきり自由に、大切に生きたいと思う。その一つが会員の渡利氏発案の「ふだんぎコーラス」。私のFサロンを使って頂くことで発足した。月一回のつもりが、老健センター訪問や、社協福祉センターでのデモンストレーションやらの出番もあって、6ヶ月が経過した。口こみで今では50名近くの仲間が集まり、定例会場も3ケ所に増えた。日本の懐かしい唱歌や童謡、時にはナツメロも混ぜて、それぞれの歴史も振り返りながら、ふだんぎの心でふだんぎの味わいを楽しんでいる。
ギンリョウソウ
北山彰子
6月に入ると薄暗い樹林の下で、積み あがった腐葉土をもたげ可愛い白い玉がいくつも姿を現す。やがて10センチほどの丈となり、キセルのような姿は全身銀白色となって南を向き花を開く。雨に会わなければ一週間は楽しませてくれる。 この 「腐生植物」は木漏れ日の中できらきら輝き、儚げな姿は天女を連想させ、見ていて飽きない魅力がある。別名「ユウレイダケ」とも言うそうだ。私にはとても気になる植物である。 観察を始めて5年、山が水分を無くしつつあり、毎年が心配である。
医学の進歩
金子爽子
私は8年ほど前から変形性股関節症というのを患っていて、歩くと痛む。特に階段を上る時は「ヨイショ」と痛む足を持ち上げる感じであった。そこで、今夏人工関節置 き換え手術を受けた。 すると立ったり座ったりは嘘のように痛まないし、階段を上るのも普通の人より早いくらい(というのは冗談で、杖はやはり必需品ではある)。 お陰で先日、少し色付いた鬼怒川渓谷の秋を、170余段の階段も苦にならずに楽しむ事ができた。 医療の進歩には目を見張るばかり、というのを実感している次第である。
夢
林三郎
転勤で藤沢市に来て2年半、私は短期間でこの鎌倉、藤澤の地にほれこんでしまった。もともと海が好きであったこともその理由かもしれ ないのですが、湘南の海はとても心を元気にしてくれるのと、横浜から小田原までのそれぞれの海が別々に魅力的で、個性的で洗練されている。その影響もあろうか、ここに住む人達も誇りを持ち、精神的に自立しているようで、気持ちが良い。歴史と自然が、人々を少しずつ磨いて、独特の風格を創り上げていく…。私も将来、この海沿いのどこかに終の住みかの夢を持つ。
「和賀江島 」誕生
黒岩澄夫
1968年(昭和43)年 10月14日国指定の現 存するわが国最古の石積み築港(堤)遺蹟。1232年 (定永元年)8月9日に完成。和賀(江津)は材木座の古名。この場所は木材の集散する港だった。諸国から鎌倉に入る船で大いに賑わったが、遠浅で荷のあげおろしが不便、風波が強く難破する船が多かった。この和賀の港の崩れるのを防ぐため築堤の資金集めに奔走した僧・阿弥陀佛の申請を第三代執権北条泰時が認可し、7月15日に起工、26日間で竣工した。 以後東国の拠点として宋や西国の貿易で栄えたのだった。