Morioka UNESCO Association
盛岡ユネスコ協会

活動レポート

Date.2021.7-9版

ご協力をお願い致します!
「第14回ユネスコ平和の鐘を鳴らそう運動」

~世界平和とコロナウイルス感染症 早期沈静化を祈念して~

9月29日(水)、盛岡市内丸の時鐘堂にて、会員30名ほどが集まり、世界平和や新型コロナウイルス感染症の早期鎮静化、盛岡ユ協の発展などを祈念して平和の鐘を打ち鳴らしました。


会員による打鐘


打鐘を終えて

はじめに、工藤会長から「現在、日本では新型コロナウイルスのワクチン接種はある程度進み、接種率は約57%ですが、例えば、私たちが支援しているネパールの接種率は約29%であり、発展途上国の国々ではまだ低い割合に留まっているのが現状です。世界の国々や世界全体がコロナ禍に打ち勝ち、一日も早く平和で安心して暮らせるように、私たち盛岡ユネスコ協会も民間ユネスコ活動として活動を推進し協力をしていきましょう。」とご挨拶がありました。また、高橋ひなこ文部科学副大臣からの祝電も紹介されました。

次に、参加者全員でユネスコ会員綱領を唱和の後、工藤会長、理事の谷藤さん、大志田さん、バザー委員会の和田さん、たからもの絵画展委員会の中谷さん、協賛会社の丸鎌農園の鈴木さん、ゑん工房 藤原さん、米内紘正県議、太田原弘顧問の皆様により、さまざまな願いを込めて打鐘していただきました。 

参加された皆様、大変お疲れさまでした。今年も無事実施できて良かったです。ありがとうございました。

副会長 田中 耕之助

SDGsユネスコバザー2021
好天に恵まれた9月29日亀が池・時鐘堂で打鍾後、「SDGsユネスコバザー2021」が桜山神社で開催されました。

今年度も規模を縮小して会員主体のミニバザーとなりましたが、コロナ禍で三密を避けてとなれば致し方ないことと思われます。

協賛各社の提供品、会員提供の食料品、日用雑貨や寝装品、バザー名物のユネスコ胡瓜漬け、ピーマン味噌、ジャム、焼き菓子、リンゴ等々の品々はテーブル一杯にところ狭しと並べられ、感染防止に努め、会員の皆様にゆっくりと品物を選んでお買い求めいただくことができ、久方ぶりに皆様にお会いできて嬉しかったです。


お気に入りが見つかりましたか?

コロナ禍が早く収束して以前のように制約のない、にぎやかで活気のあるバザーが開催できることを願ってやみません。

バザーの準備としてユネスコ胡瓜漬けの粕漬けにわしの尾酒造様に5名の会員で参加し、和気藹々と作業させていただきました。気がかりはピーマン味噌とブルーベリージャム作りを手掛けたこと、ご賞味くださいまして味加減の感想をお聞かせいただければ次につながる励みになりますので、忌憚のないご意見をお寄せくださるようお願いいたします。


お花も新鮮野菜も販売されました

今回は龍澤学館の留学生の方々がコロナ禍で参加されませんでしたので、少しでもお役に立つことができればと品物の一部を提供させていただきました。


龍澤学館留学生へプレゼント

バザーにご協力くださいました協賛各社様、会員の皆様、大変ありがとうございました。皆様に心より感謝申し上げ、紙面をお借りして御礼申し上げます。

バザー委員会 副委員長 佐藤 満 子

バザー提供協賛社(敬称略)
朝島リンゴ園・IGRいわて銀河鉄道(株)・アートホテル盛岡(株)いわちく・(株)ゑん工房・Kiitos・重兵衛・(株)田清・ホテルメトロポリタン盛岡・丸鎌農園・La☆Stella
・レザーショップめいむ・炉何煎・(株)わしの尾・渡辺園茶店

団体会員紹介(2)

 盛岡ガス株式会社

当社は、1930年(昭和5年)に創立し、盛岡市と滝沢市、矢巾町など近郊のお客さま約5万戸に都市ガスを供給しております。


滝沢工場スイカ模様のガスホルダー

創立以来90年、地域の皆さまとともに歩み、都市ガスの供給を通じて地域社会と共に発展し、天然ガスを原料とした環境にやさしいクリーンなエネルギーをお届けしております。

ガスによる快適生活が送れるよう、高い制御性、供給の安定性などガス本来の特性に加え、環境や経済背景など時代のニーズに対応しております。エネルギーを無駄なく使い、皆さまと共に成長していくためにも、新しいガスの利用方法を通して、進化していきたいと考えております。


古いガス管を入替工事中

「輪」

年(歳)を考える

80歳になった。「80歳になれば、あなたもわかります。」と言われたことを思い出した。何がわかるのだろうと手帳を見ながら気がついた。体力(筋力を要すること)が衰えてきた。敏捷性が無くなっている。さっさと身体を動かすことや出来る事を考えるより、めんどくさい事は止めておこうという気持ちが発生するのだ。

「年だから」と安易に口にするのはみっともないと思い、自分を戒めていたのに、つい先日、岩手医大を退院する時、主治医から「原因不明ですので普通に生活してください。」と告げられ、「年ってことか」と心の中で呟き、納得していた。

そしてすぐ「馬っこパーク岩手」の副理事長を辞めた。10年余り生活の一部として馬の事を考えていたのに自分でも不思議な位、さっぱりしている。次は何を辞めようかと手帳を又開いて、とにかく「窓の多い人生」だったと思い、その窓を一つずつ閉じていこうと。

 秋山ちえ子先生と「いきいき牧場」で出会い、使命感を持って生きる恰好良さを学んだ。80になれば―の言葉は彼女から戴いた。

この原稿を書いている途中、松島トモ子さんから電話が入る。「あのね、ママが死にました。」「いつ?」「今朝だと思うの。だって夜中の2時ごろまでは息をしていたから。」お母様は103歳だと思う。盛岡にいらした時、「私はきっと日本一忙しい93歳だと思うわ。トモ子の事も家の事もぜーんぶ私が一人でやってるんですもの。」にこにこしながら話しておられた。3年位前から寝たままの日が多くなり、トモ子ちゃんの愚痴が増え、「介護はエンドレスじゃないから、頑張って。」と言っていたのだ。

改めて年を考える。言い訳には使うまい。潔く年を重ねていこう。今の年だから出来る事を時間をかけて丁寧に生きていこうと考えている。

藤元  眞紀子